映画は未来のチカラになる

徒然映画記録。映画を観て感じたこと。

【レビュー】フルートベール駅で #blacklivesmatter

 

#blacklivesmatter

日々様々な場所で叫ばれるこの言葉を聞いて皆さんは何を考えていますか?

 

父が協力隊としてアフリカに行っていたため、わたしは小さなころからアフリカへの興味を持っていました。

大学で英米文化を学ぶ機会を得たときは迷わずアメリカの黒人史を選びました。

だからでしょうか、この問題はわたしにとって他人事ではありません。

 

今日は、白人警察官に射殺された黒人青年の実話を描いた「フルートベール駅で」を見て、この問題に思いをはせます。

 

監督は『ブラック・パンサー』で有名なRyan Coogler。この作品が初監督作です。

主演・Oscar Grant役はMichael B Jordan。彼はのちにブラック・パンサーで悪役を務めます。

 


『フルートベール駅で』予告編

 

 

【あらすじ】

オスカー・グラント(22)は彼女との間に娘を持つ普通の青年だ。2008年の大みそか、彼女から浮気を叱責されて口論になったうえ、遅刻が原因で勤めていた食料品店を首になった。御金の工面に困ったオスカーは、一度はマリファナを売ってお金を手に入れようと目論むも、まっとうな生き方を目指し、すべてを捨ててしまった。

気分の晴れないオスカーは、母親の誕生日を祝ったのち、サンフランシスコで行われるニューイヤーパーティーに参加することとなったオスカーは、母の助言を受け、会場までは電車で行くことに決めた。

電車が遅れるトラブルに見舞われるものの、会場についたオスカーと仲間たちはたのしい時間を過ごす。

だが、帰りの電車内。以前、勤め先の食料品店で買い物を手伝ってあげた女性から「オスカー!」と呼び止められる。その声を聴いてけんかを売りに来た一人の白人男がいた。彼は、オスカーが刑務所に入っていた2年前も突っかかってきた男だった。

男はオスカーと対峙するなり、彼のほほを殴った。そのまま二人は取っ組み合いのけんかになる。

混乱した現場に鉄道警察が駆け付けた。オスカーと仲間たちは別行動で逃げようとするも、警察に抑え込まれる。その間、けんかを起こした張本人の白人男は逃げとおしたままだ。

捕まることに納得のいかないオスカーたちは不満を口にするが、警察官は聞く耳を持たない。ついに「逮捕するぞ!」と、彼らに手錠をかけはじめる。

彼らを押さえつけ、手錠をかけている最中、銃声が響く。

オスカーが、撃たれた。

そして、そのまま彼は帰らぬ人となった。

 

【Opinion】

全米にmovementを引き起こしたGeorge Floyd殺害事件は記憶に新しいが、

アメリカの黒人史、それも近代では、彼以外にも多くの人物が白人警察によって殺害されてきた。この映画の主役、Oscarもその一人である。

今から10年前、すでに一部の人はスマホを所持しており、この事件は目撃者によって撮影されていた。結果的にこの映像が、Oscarを殺害した警察官を逮捕するきっかけとなったのだが…

判決は懲役2年。でも、11か月で釈放。誰がどう見ても納得のいかない結果であった。

 

この映画は「物語」ではなく、実際に起こった事件に基づいている。

百歩譲って白人警官が「誤発射」したのだとしても、

簡単に黒人相手に銃を取り出すことができる、その環境がまず信じられない。

実際の映像を見ても、Oscarたちがものすごく暴れている形跡はない。

威嚇行為なのだとしても、人を殺めかねない武器を簡単に取り出し、人に向けられる、そんなことがあっていいのだろうか。

 

Oscarは自分が刑務所にいた時期を回顧し、後悔していた。もっとまともな生き方がしたいと苦悩していた。まだ22歳。未来にはいろいろな可能性が満ちていただろうに…。

 

「Where is daddy?」

問いかける娘のタチアナが何かを悟ったように母を見つめるラストシーンは、涙が止まらなかった。

人の命を何だと思っているのか。黒人だからどうでもいいのか。

そう、思わざるを得ない、扱いの違いに、怒りと悲しみが止まらない。

 

今、アメリカで起こっている問題を遠い目で見ている人、そもそも全く関心のない人へ。

 

私たちは、こうやって、日本で日本人として暮らせていることがものすごく幸せなんです。

 

彼らは、アメリカで生まれ、アメリカ国民として生きていたとしても、

「祖先がアフリカからやってきた」「奴隷だった」バックグラウンドにより、いまだに部外者のように扱われ、

決してアメリカ国民の一員として「正しく」認められているわけではないのです。

常に冷たい目線にさらされ、周囲で悪いことが起これば真っ先に加害者だと疑われる。

職も得られず、結局安給の職や裏社会の職に手を染めるしかなくなる。

そんな、つらい思いを、はるか昔から経験しているのに、

今もまだ、虫けらのようにおさえつけられ、

「呼吸ができない」と訴えても、決して開放してもらえず、

息絶えるのです。

 

そんな国が、「Great America 」などという資格がありますか?

そして私たちはそんな国と仲良く同盟を結び、

「おともだち」として何食わぬ顔で見ている。

こんなことがまかり通ってよいでしょうか?

 

この問題を「自分には関係ない」とするなら、

それは差別を平気で続ける人たちの側に加担しているのと同じことです。

 

何度でも言います。

これは他人ごとではありません。

 

いまいち現状がつかめない人はぜひ、この映画を見てください。

10年前の出来事を描いたこの映画と同じようなことが、今起きているのです。